自分の正直な気持ちを表現するということは

世界に一つの座標を与えるということだ

X(官僚)、Y(共産党員)、Z(生活指導の先生)、x(嘘吐きピエロ)、y(名物おじさん)、z(風船おじさん)…

さまざまな人間から見た世界が在る

そこにi=(私)をくわえ、世界の立体を補完する、という役割を遂げ、遂げろ!



X「(ソレに対して)前向きに検討したい」

Y「ソレは上流階級による搾取である!民衆よ、革命を起こすべく立ち上がるのだ!」

Z「ソレをやったことがあるものや、やってる者を知ってる者はあとで生徒指導室に来なさい。」

x「ソレかい?ソレならアメ横で叩き売りされてたよ?キヒヒヒヒ!」

y「ソレ?何のこと?そんなことより煙草を一本くれ」

z(宙に浮いたまま何処かへと消えていった、ぷかぷかと・・・)


i・・・あなたはどうする?不特定な物体「ソレ」について

「ソレ」が何か、あなたが「ソレ」について持った感想

「ソレ」について思った正直な感想を言えば

「ソレ」にまた一つ別の角度からの視点が加わり

「ソレ」の立体性が補完される


i・・・あなたは誰か、何年生まれの何型か?性別は?性格は?趣味は特技は職業は

あなたの座標から一体「ソレ」はどうみえるのだろう


いや、ラジカルに原点へ戻ろう

世界の立体性が「真実」へと繋がる道か?

否、真実とはあなたの中にしかあるまい。あなたにとっての真実が正解であり即ち生きる道である

だが、世界との戯れは深まれば深まるほど世界は膨張していく

膨張した世界を受け入れ、精神は歪む、畸形化した精神で荒野をただ眺める、みんな、そう、みんな



2010.4.30 僻地より